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レゲエとは?

レゲエとは


レゲエとはジャマイカで生まれた音楽のことです。なぜレゲエと呼ばれるようになったのかは色々な説があります。有力なのは、このレゲエという言葉は、ギターの裏打ちである「ンチャ、ンチャ」という音からそう呼ばれるようになったというものがあります。確かに聴き方によっては「ンチャ」が「レゲエ」と聴こえなくもないですが、ちょっと苦しい説にも思えますね。その次にレゲエ誕生説としてメイタルズの「ドゥ・ザ・レゲエ」という曲からはじまったというものもあります。どちらが真相なのでしょうか?一般的にレゲエは先述しましたように、ギターやドラムなどの楽器でリズムをバックビートにしています。確かにこれはレゲエの特長のひとつであることは間違いありませんが、レゲエがすべてそういうゆったりしたリズムであるかというとそれは違います。レゲエの中にはスカと呼ばれるビートの速い曲から、ダンスホールのようなトラックを極限まで簡略化したようなものまで多種多様。ではレゲエの見分け方はどこで決まるのでしょうか。この曲はレゲエかな?という判断はドラムとベースを注意深く聴くとよく解ります。どんな曲調でもレゲエのドラムは基本的に2、4拍にアクセントを置いています。またベースも非常に特長的です。よくレゲエのベースは「グルーヴィー」とか「うねっている」と表現されることが多いですが、これはレゲエ以外の曲とレゲエを比べると違いがすぐに理解できるのではないかと思います。以上の点から見ましても、レゲエが他の音楽と違う部分が多くあるということがお解かりいただけるのではないでしょうか。レゲエに一度はまるとなかなか抜け出せないというのは、こうしたレゲエの音の特長にもあるのです。


 レゲエの誕生


レゲエ以前、ジャマイカではアメリカの音楽がラジオ経由で人々に聴かれていました。ジャマイカ人はレゲエ以外は聴かないというイメージもありますがそんなことはありません。レゲエ以前、50年代はジャズやリズム&ブルースがアメリカからもたらされ、人々はこれらの曲でダンスしていました。こうしたダンスホール(現在のダンスホール・レゲエとは意味が異なります。ここではレゲエ以前の「ダンスをする場所」という本来の意味で捉えてください)の経営者たちはアメリカに渡りレコードをたくさん仕入れてはヒット曲をいち早くダンスホールでプレイしました。ちなみにレゲエがメインとなってからもダンスで最新ヒット曲をかけるというスタイルは同じですね。そのうちレコードを仕入れるよりも自分たちで演奏したほうが早いし、安上がりだということに彼らは気づきます。ここからレゲエの誕生までもうすぐ。ダンスホールの経営者たちは音楽学校に通う優秀なミュージシャンや、プロの音楽家を集めてラジオから流れてくるアメリカのヒット曲をカバーさせました。そしてそれらの曲をダンスで演奏したり、レコードにしてダンスでプレイさせたりするのです。レゲエを知る前の人々はこれらの曲に熱狂しました。また、単にジャズやリズム&ブルースをプレイするだけではなく、徐々にカリプソやメントなどのカリビアンミュージックを混ぜたりして独自のスタイルに変化していきます。こうしてレゲエが誕生するのです。レゲエとは純粋な1ジャンルではなく、様々な音楽の要素を取り込み、それらが組み合わさってレゲエへと作り上げていったのですね。現在でもレゲエはレゲエ以外の色んな音楽とクロスオーバーしているといわれていますが、レゲエの誕生そのものが異種配合だったわけですから、レゲエがクロスオーバーなのはある意味当たり前といえるのではないでしょうか。


 レゲエとスカ


レゲエは様々な音楽が組み合うことで生まれたと「レゲエの誕生」編でご説明しました。最初はブルースの要素が強く、いまのレゲエとは比べ物にならないほど渋い曲ばかりでした。またジャズからの影響も多く、ここからスカが誕生します。スカはレゲエの原型の1つであり、またレゲエの中の1ジャンルとしていまも根強い人気を誇っていますね。また、スカはレゲエと比べるとスピーディーで攻撃的です。これは当時アメリカで流行したビバップと呼ばれるジャズのスタイルを色濃くし発展させたのが要因であるといえるでしょう。その攻撃性はルードボーイと呼ばれる不良少年を多数生み出し、これがまた現在のレゲエを考える上でも重要な要素へとなってきます。ルードボーイが好んだ曲調は「ルーディー」であり、レゲエの時代になると「スキンヘッド・レゲエ」やダンスホール・レゲエのプロトタイプといえる「DEEJAY・トースティング」と呼ばれるスタイルを作っていきます。またボブ・マーリーが生粋のルードボーイであったことからも分かるように、このルーディーなレゲエは、後のレゲエの本流であるルーツロックにも影響を与えていきます。さて、それではスカ以外にレゲエの原型となったものはないのでしょうか。じつは50年代にレゲエにとって重要な音楽が生まれます。それは70年代にレゲエのメインストリームとなったルーツロックに欠かせない要素を持つナイヤビンギです。ナイヤビンギはアフリカの民族音楽が元になった土着的なスタイルで、宗教的要素も多く含みます。有名な曲としてスカの代表的アーティストであるプリンス・バスターが60年代にプロデュースした「Oh! Carolina」というヒットソングがあります。基本的に同じレゲエの1ジャンルでありながら融合することの少ないスカとナイヤビンギですが、このプリンス・バスターの曲は純粋なナイヤビンギでありながらスカのアーティストが製作したヒット曲という面で画期的であったといえるでしょう。ナイヤビンギはこの後ラスタ思想と結びついて一躍レゲエ・シーンに姿を現しますがその話はのちほど


 レゲエとロックステディ


さて、レゲエの原型の1つであるスカが、ある年を境にぐっとテンポを落として大きく変貌します。それがロックステディ。ゆったりとしたリズムにラブソングを乗せたこのロックステディは、スカと比べるとこれが同じレゲエの1ジャンルかと思えるほどの違いがありますが(ジャズとソウルミュージックの違いぐらい)、ロックステディの源流がスカにあることは間違いありません。あるレゲエ評論家の説によると、ジャマイカでの気候変化がロックステディ誕生のきっかけになったのではないかと言われています。それは、ロックステディが生まれた68年の夏、ジャマイカは記録的な猛暑に包まれて、スカのような速いビートでダンスするのに耐えられなくなったというものです。本当かどうか真相は分りませんが、このような理由に信憑性が出るのもレゲエならではです。このロックステディ期を経てレゲエは現在みなさんがイメージしているようなレゲエの形に近づいていきます。またスカ時代から活躍していたボーカルグループたちがこのロックステディの時代に多くの名曲を残します。これらをリリースしていたのはコクソン・ドッド率いるレゲエの名門スタジオ・ワンと、同じく60年代にレゲエのヒット曲を連発したデューク・リードのトレジャー・アイルの2大レゲエ・レーベルです。現在もレゲエ・ファンの多くから支持されているこの2大レーベルは、レゲエが好きなら必ず一度は通っておきたいところですね。


 レゲエの確立


レゲエの元となったロックステディは短命に終わってしまいました。今度は甘いラブソング主体のゆったりとしたロックステディから、より力強いレゲエへとジャマイカの音楽シーンは変貌していきます。レゲエになると曲のテーマは男女の色恋沙汰から宗教問題や政府の批判などの社会的な歌詞がメインになってきます。スカ時代から反体制的な曲を立て続けにリリースして大衆から絶大な支持を受けていたボブ・マーリーも、レゲエの時代に入るとさらにスタイルを先鋭化していきます。レゲエ期になるとボブ・マーリー率いるウェイラーズは、スタジオ・ワンでコクソン・ドッドのもとプロデュース業に携わっていたリー・ペリーと共同作業を始め、レゲエ初期の混沌としたシーンを引っ掻き回すかのような名曲を多数リリース。また、同時期には「レゲエ」の名称が生まれるきっかけになったといわれているトゥーツ&メイタルズが「Do The Reggay」を発表。こうして徐々にレゲエのスタイルは完成されていきました。レゲエ独特のウネリを生み出すドラムとベースの形もこのレゲエ初期には早くも現在の形へと近づいてきています。さらにレゲエは、スカ時代から傍流として続くナイヤビンギの要素も取り入れ、ラスタ思想と密着な関係を築きます。ラスタとはラスタファリズムと呼ばれるジャマイカ独自の宗教で、エチオピアに現れた世界初の黒人指導者、ハイレ・セラシエを主と仰ぎます。時のジャマイカ政府はラスタたちを反政府主義者として弾圧し、同時にラスタをテーマにした曲を多くリリースし出したレゲエに対しても圧力を加え始めます。しかしレゲエはすでにジャマイカの貧困層や都市部の労働者階級から熱烈に支持を受けてジャマイカの音楽シーンに確固たる地位を確立、レゲエの存在そのものが無くなるということはありませんでした。またジャマイカから移民を多く受け入れていたイギリスでも、ロンドンなどの都市部を中心にレゲエが急速に広まっていきます。そうした中、イギリスのアイランド・レーベルのオーナー、クリス・ブラックウェルがウェイラーズと契約。ジャマイカ人による本物のレゲエが世界中のリスナーの耳へと届き、レゲエは衝撃を持って受け入れられていきました。



レゲエとダブ


ボブ・マーリーの歌声と共に全世界へと広まったレゲエ。南国の明るい音楽と捉えられたりもするレゲエですが、ここでレゲエは更に変貌していきます。ダブの登場です。機械いじりが得意だったキング・タビーがレゲエ・シーンへ足を踏み入れたことにより、レゲエの歴史は大きく変わります。当時からキングストンでは夜な夜な野外ダンスが催され、そこではサウンドシステムと呼ばれる大きなスピーカーを設置した音響システムでレゲエを大音量で鳴らしては人々を熱い渦に巻き込んでいました。サウンドシステムでレゲエのレコードをプレイしたり、レゲエ・アーティストがマイクを握って歌を唄ったりしている中、キング・タビーは自家製の機材を使って即興で音質を変化させはじめます。レゲエのリズムや歌詞に合わせてエコーをかけたり、リヴァーヴを効かせてキング・タビーはダンスを盛り上げます。次第に人気を得てきた彼は、自分でサウンドシステムを立ち上げ、その人気を不動のものとしました。またキング・タビーはレゲエのレコードのミキシングにも手を拡げ、インストを変化させたヴァージョンと呼ばれるレゲエ独特のサウンドを開発していきました。最初はただの音の抜き差しにすぎなかったレゲエのヴァージョンは次第に過激さを増し、ドラムやベースを強調・増幅させ、ただのレゲエ・インストの別テイクに過ぎなかったヴァージョンからまったく新しい音楽を完成させました。これがレゲエから生まれたダブです。ダブの登場はレゲエの歴史を塗り替えただけではなく、ダンスミュージックをも根底から覆してしまいました。


 レゲエとダンスホール


レゲエは反体制的な歌詞とドラム&ベースを強調したトラックが合体したルーツロック・レゲエとして一世を風靡しましたが、シンガーものだけではなくDEEJAYと呼ばれるトースティングスタイルのアーティストもリリースを続けていました。これがダンスホール・レゲエの元祖であり、またラップの原型ともいわれています。レゲエの世界では60年代からダンスシーンで存在価値を発揮していたDEEJAYですが、レゲエの外ではほとんどといっていいほど無名の知られざる存在でした。キング・スティット、カウント・マチューキといったレゲエ・レジェンドなトースターから、レゲエ・キングのU・ロイ、そして70年代にはロッカーズ世代のデリンジャーやクリント・イーストウッドらなど、幅広い層のDEEJAYがレゲエのトラックに合わせて声を乗せていっていました。70年代後半になると当時のレゲエのメインテーマだった政治や宗教などを題材にしたDEEJAYが徐々に減り始め、代わって男女の際どいシーンを面白おかしく喋るアーティストが登場します。その人こそイエローマンです。彼の登場によって、レゲエの世界は一夜にして塗り替えられました。これまでの鋭く重いルーツロック・レゲエとは正反対のセクシー路線。ステージ上で身体をクネクネさせながらダンスし、歌うようにトースティングを被せていくイエローマンは、キングストンの女性のほとんどを虜にしていきます。フォロワーも多く生まれ、レゲエは80年代に入るとダンスホール一辺倒になっていきました。レゲエは80年代後半に入るとダンスホール熱が更に加速し、シャバ・ランクスやニンジャマンの登場によってヒートアップしていきます。そんなダンスホール主体のレゲエが日本に飛び火したのもこの頃。ランキン・タクシーらの活躍もあり、日本で一大レゲエ・ブームを巻き起こしました。


 レゲエ アーティスト


レゲエのアーティストで一番有名なのはボブ・マーリー。レゲエ・アーティストを代表する存在です。また、レゲエ・アーティストといって思い浮かぶのはデニス・ブラウン、アルトン・エリス、ジョン・ホルト、ジェイコブ・ミラーなどの大御所はレゲエの世界では知らない人はいないくらい有名ですが、レゲエが好きじゃない人にとっては馴染みが薄いかもしれません。ジャパニーズ・レゲエのアーティストならランキン・タクシーに始まって90年代に入るとマイティ・クラウン、ファイヤーボールなど、日本のレゲエ・アーティストらしさを出しつつレゲエのトラックを効果的に使って根強い人気を誇っています。もし日本のレゲエ・アーティスト・ランキングがあれば彼らは常にランクインしていることでしょう。横浜のレゲエ祭りや福岡のレゲエ魂、琵琶湖のレゲエ祭り、大江戸レゲエ祭りなどのレゲエのイベントでもファイヤーボールらは引っ張りだこで、常に日本のレゲエ・シーンの最前線で活躍しています。こうしてレゲエの人気は首都圏のみならず大阪や沖縄などでも聴かれるようになり、日本におけるレゲエのブームは静まる気配がありません。またレゲエの歌詞は本来は反体制的なものやラスタ思想などの宗教的なものがメインでしたが、ここ日本のレゲエでは断然にポジティブなメッセージ性が受けています。確かにラスタに関して日本人が共感できる部分は少ないですので、明るくて前向きな歌詞で若者を魅了するファイヤーボールたちの戦略は正しいといえるでしょう。ジャマイカで活動する人気レゲエ・アーティストのTOKともリンクしている部分が多く、まだまだ彼ら日本のレゲエ・アーティストからは目が離せません。ぜひレゲエのイベント情報をチェックして、一度現場を体験してみてください。きっと日本のレゲエのオリジナリティにビックリするはずですから。





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