ボブ・マーリィを"キング・オブ・レゲエ"と呼ぶとしたら、デニス・ブラウンは"プリンス・オブ・レゲエ"。
わずか9歳でコクソン・ドッドの下、そのキャリアをスタートした天才少年は、アフロ・ヘアにフリルのシャツをまとい、マイケル・ジャクソンと見まごうほどのキュートなルックスとチャイルド・ヴォイスでトップ・シンガーの仲間入りを果たした。
変声期を迎えてもデルロイ・ウィルソンほど子供時代との差違を感じさせることなく、とろけるように甘いテナー・ヴォイスに磨きをかけ、実力派シンガーとして不動の地位を確立。
30余年に渡り、ラブ・ソングからコンシャス・レゲエ、ルーツ・レゲエ〜ダンスホールに至るまであらゆるジャンルに挑戦し、時代の感性をいち早く取り入れながらレゲエの発展に大きく貢献し続けた。
ジャマイカ国内はもちろんのこと、アメリカ、イギリスのレーベルを含めリリースされたアルバムは、実に80枚以上。これらの作品は、そのままジャマイカン・ミュージック・ヒストリーのカタログであるといえるだろう。
いわゆる「一発屋」が横行するジャマイカのミュージック・シーンにおいて、デニスはもはや彼の名を知らぬジャマイカンはいない――といってもいいほどの国民的大スター。
老若男女あらゆる世代のファンを有するのは、様々なジャンルを歌いこなす声をもつ彼だからこそ成し得た偉業である。――しかし、そんなデニスも99年、ツアー先から帰国後に急逝。
まだ40代に入ったばかりの、これからが期待される年齢だっただけに残念でならない。
↓この曲が好きなあなた、Dennis Brown好きのあなたはぜひ!↓



